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東京の季節
- 著者
- 高木健夫
- 発行
- 昭和30年(1955年)
- 著者
プロフィール - 1905年福井県生まれ。「国民新聞」「読売新聞」「大阪毎日新聞」などの記者を経て、昭和14年北京で「東亜新報」を創刊して主筆となる。 戦後「読売新聞」に論説委員として復帰、昭和24年から17年間コラム「編集手帳」を担当。
夏
半夏生
半夏生―「夏至」のあと十一日ないし十二日目からの五日間をいう。
ちようど梅雨期の終りにあたり、温度も高くなる―
もうそろそろ梅雨も明けてほしいものだ。ことしの梅雨はまったくおそろしい梅雨だった。五日間に一年ぶんの半分以上の雨を降らせ、この国は千億円以上の大損害を受けた。おそろしい梅雨だった。
きょうは半夏生(はんげしょう)だ。夏至(げし)からかぞえて十一日め、といっても都会人にとってはなんということもないが、農家にとってはこの日までに田植をすませるという、大事な区切りの日である。この日をすぎて田植をすると米の収穫が一日に一粒ずつ減るという言い伝えさえもある。しかし、北九州の水害地などでは、もう一日に一粒ずつ減るどころか、植えつけを終った田がみんな水底に沈み、稲の苗もおおかたは流されてしまったであろう。天災とあきらめるにしても、あきらめきれぬ非情な天の仕業ではある。
じめじめとしめっぽい庭の片隅に「どくだみ」の陰気な花がまるで自然の美しさを呪う魔女の白眼のように咲いている。あの「どくだみ」の親類すじの植物がすなわち半夏生なのだ。三白草(みつしろぐさ)ともいう。これが薬草で、それを採取するのがいまごろだから季節の名前まで半夏生というのであるらしい。梅雨もほんとうはきょうの半夏生あたりから明けないといけない。それでもまだ梅雨前線が腰を落ちつけて降り足りぬ風情を見せて雨を降らせると、地上の人間は「半夏雨(はんげあめ)」といって敬遠する。豪雨になって災害をもたらすからである。しかしその豪雨はもう一週間前の北九州で終ってしまった。梅雨前線よ、もういい加減に炎帝に席をゆずって解消してはくれまいか。