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東京の季節
- 著者
- 高木健夫
- 発行
- 昭和30年(1955年)
- 著者
プロフィール - 1905年福井県生まれ。「国民新聞」「読売新聞」「大阪毎日新聞」などの記者を経て、昭和14年北京で「東亜新報」を創刊して主筆となる。 戦後「読売新聞」に論説委員として復帰、昭和24年から17年間コラム「編集手帳」を担当。
春
春分の日
二十一日 春分の日
きょう春分の日、お彼岸の中日で、また国民の祝日でもある。きょうの祝日を国民はどのように迎えるか? 仏教的な意味においてか、それとも終戦前の“皇霊祭”の民主的反訳の意味において迎えるのか?
俗に「彼岸過ぎての麦の肥、四十過ぎての子の意見」というように、麦の追肥はだいたいこのころまでに済んでいなければならない。よろずのものが生々と伸びさかりさかんに生命のよろこびを歌い上げているきょうこのごろだ。
春分の日の祝日の意義は、なんとしてもこのような自然の生き生きとした営みをほめたたえ、われわ払の生活にも活力をもたらす心組みも新たに、明日への、未来への努力と希望をもつところにあるであろう。
長い間のきびしい冬に耐えて、暑さ寒さも彼岸までと、きょうのこの日を待って来た。うららかな春陽を浴びて希望に胸ふくらますのは小鳥だけではない、人間だってそうなければならぬはずだ。したがってこの日の行事もそれにふさわしい希望のある、将来性に富んだ、しかも生活を自然に結びっけるようなものであってほしい。
もっとも適切なのは植樹植林であろう。これほど自然の力をほめたたえ、われわれの生活の将来に希望をもたせる行事はまたとあるまい。何も学校と限ったことはないが、計画的な集団植樹となるとやっぱり学校を中心に行った方がうまくいくだろう。
春分の日も、現実的に迎えてみれば中小企業のみならず、失業者チマタにあふれ、親子、一家心中ひきもきらず、しょせんは凡夫が生死を悩む“此岸”で、ネハンの“彼岸”に達するサトりは、なかなかひらけそうにもないのだが…。
天文学上でいう「春」の季節というのは、この春分にはじまって夏至に終るのだから、春もいよいよ情感の上だけでなく科学的にも本物になったわけである。
太陽が春分点に来て、昼夜の長さが等しくなるこの日は、しかしたしかに季節の十字路でもあるようだ。
彼岸というからには「此岸」という言葉があってよろしい。「生死の世界」がすなわち此岸だ。わたくしたちが生きたり死んだりしている現世ももちろんこの此岸の一部である。彼岸はつまりユートピア(理想郷)であって、そこへゆきつくまでには煩悩の河(中流)を渡らねばならぬ。とすればこの彼岸、何やら、現在の日本がおかれている情勢を暗示しているようである。敗戦から講和までが此岸。行政協定、駐留軍、独立の段階が煩悩の中流を渡ろうというところで、さて国際平和の理想郷、その彼岸にたどりつくのは、はたしていつの日のことであろうか? これは何も日本だけが一人で力んだところで仕方のないことではあるが、自由国家群も不自由国家群も共に相携えて彼岸を謳歌する日が待たれる次第だ。